一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#10


旅館|日昇別荘

日昇別荘

スキーバス、修学旅行の祖

三条通、イノダコーヒ三条支店の並びに日昇別荘という旅館があります。元呉服屋だった建物を買い取って後に旅館業を始めました。今回は女将・田中美岐さんにお話を聞きましたが、うんと濃いので、彼女にフォーカスした内容になりそうです。

まず美岐さんの父親である野村信一さんについて。日本ツーリストの初代社長・馬場勇さんと仲が良く、馬場さんはよく日昇別荘のソファで夜を過ごしていました。「修学旅行」を作ったのはこのコンビです。そして「スキーバス」、あれを作ったのもこのコンビなのです。

スキーバス? 京都の旅館となんの関係もないやんかと思うでしょうが、その通り。スキー好きの信一さんが、スキー板、靴、ウェアと大荷物をかついで、電車を乗り継ぎ雪山に行くのが大変だ! という個人的な気づきが発端です。

夜に荷物を積み込んで、バスの中で寝て起きたら雪山に着いているというあれです。0から1を生み出すってこういうことだ。「修学旅行」もそうです。今は日本語として定着していますが当時はなかったんだもんな。そんなわけで日昇別荘は昔から修学旅行生で賑わう旅館なのです。

「70年以上、途切れず来てくれている学校が2校、50年以上は10校以上あります」と美岐さんも嬉しそう。すると、おばあさんもお母さんも私も日昇別荘に泊まったという家族も存在する。それで改めて家族旅行でここに泊まるという、メモリアルなお客さんもいるようです。すごい!


お嬢さまから、下働きの下働きへ

はい、真面目な話はこれまで。ここからは女将の生い立ちについてです。

美岐さんにとって、日昇別荘は家でした。ご飯は余り物を食べることも多く、「小さい頃は枕を持って、今日はどこで寝るん?  と聞くのが日課でしたよ」と、時には倉庫で寝たことも。旅館という限られた空間の中での遊牧民。楽しそうです。おかげでどこでも眠れる特技を身に付けました。

大きくなって、興味を惹かれたのは車。「レーサーになりたかった。仲間と美濃の山を何分で降りてこられるか、とかね」。いわゆる走り屋というやつです。お嬢さまですから、ゴルフも習わされました。こちらも上達してしまい、日本オープンなどにも出場しました。

ひょんな出会いから、現在の旦那さんと結婚。プロポーズも車内で(運転は美岐さん)。姫路の酒蔵にお嫁に行くことになりました。お嫁といってもお嬢さまですから、家のことはあまりできません。「姫路にはお手伝いさんも2、3人いはったし、まあ大丈夫だろうと思っていたら、(私の立場は)その下やったんですよ」。

日昇別荘のお嬢さまから、一気に下働きの下働きへ転落。「けど、人生でこういうのも面白いかな」と切り替えて、仕事を覚えました。その後はお姑さんの介護を25年。現在のヘルパーなどの仕組みがない時代からです。と、一気に早送りしましたが、面白いでしょう。

姫路の酒蔵では、PTA、祭り、町内会など地域色の濃い体験をしました。面倒だと思うこともありましたが「日本人はこういう付き合いがあってこそ日本人なんだな」と気付かされたと言います。

1999年にお父さんが亡くなったことを契機に、日昇別荘の女将に就任。旦那さんに「就職祝いにパソコン買いにいこ」と言われ電器屋へ。使い方も何も分からないので「パソコンはいらんから、その分のお金くれへん?」とお願いしたそうですが却下。そのまま車で日昇別荘にパソコンと共に降ろされ、何も分からないまま、自分でせっせとセッティングしました。

苦労して起動させ、「ホームページを作ればいいのか」と思い立ち、参考書を6冊くらい読んで自力でホームページを開設しました。初年度、ホームページからの予約売上は20万円程度、次年度200万円、翌年度2000万円、と時代の流れに乗りました。

このように一般的な女将のイメージとかけ離れたしぶとさで今を生きています。「お客さんは女将は別物、霞か何か食べてると思ってるけど、そんなん全然ちゃいます」。なんでもとにかく自分でやる。日昇別荘には額に入った絵が所々に飾られていますが、これも女将が描いたもの。

お嬢さま、走り屋、下働き、介護者、女将、様々な環境を横断して次は何になるんだろうかと楽しみになります。

日昇別荘

日昇別荘

寛文3年(1663年)創建

三条通に面している、「日昇別荘」。約200年経った江戸時代の豪商屋敷を旅館にしており、もともとは糸割符商人で茶人でもあった有来新兵衛(うらいしんべい)の屋敷であった。敷地には本格的な日本庭園があり、京の情緒を感じられる。

住所:〒604-8083 京都市中京区三条通富小路西入る中之町13
営業時間:16時~23時(貸切風呂・おかめの湯)
電話番号:075-221-7878
アクセス:地下鉄烏丸線・烏丸御池駅から徒歩7分
HP:http://nissho-besso.com


淡交社 208ページ・1800円+税

「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」

100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。


一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#10
日昇別荘

文・写真:
酒井洋輔

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