一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#03


京菓子|亀末廣


四季より多い季節感

姉小路通の烏丸東入る、できたばかりのACEHOTELの真向かいに、菓子の老舗・亀末廣がじわり。ガラス張りのホテルとは対照的に、外から店内は見えません。大きな看板の額縁をよく見ると打菓子の木型がリユースされています。

それにしても入りにくいこと、この上ないお店。全体に黒のトーン、扉が開いていようとも大きな暖簾で中が見えないし、ふらっと入るなんて到底できそうにありません。この菓子を買うんだと決めていないと入れない。これで成り立つんだから恐るべし。

初代・亀屋源助がここに店を構えました。現在は八代目に就任予定の吉田かな女さんが、店内で最も目に付く番頭さんの席からお客さんを迎えます。

名物は〝京のよすが〞。京都の季節がぎゅっと詰まった菓子箱で、季節によって内容が変わります。「おおまかに年14回ほど変わります」。

京都の、あるいは亀末廣の季節は〝四季〞ではなく、もっとずっと多い。エスキモーは雪の名前を種類以上持っていたとか、江戸時代の日本人は100種のグレーを見分けたとか聞きます。

その人々の感覚の鋭さや豊富さ、専門家でもないのにそれらを見分けこなす市井の人々がいたのだと想像すると、面白い世界。京都ではこんな風に菓子の専門店が季節を取り分け、少し早めに発信しています。ジャストなタイミングだと「本物に負けてしまうから」と、自然への敬意みたいな感覚も忘れません。

もう一つ、亀末廣のユニークな菓子が〝京の土〞。どーんとした大きな四角。成人男性の手より大きい。石畳に葉が落ちた様子を表現した麩焼き煎餅です。これも春になると葉が、松葉からかえでに変わります。石畳を食べるってことなので、こんな面白いモノはSNSですぐ拡散されそうだけど、知りませんでした(入ったことなかったし)。


売ってよろこぶよりも、買ってよろこんでいただく

京都の菓子屋と茶の湯は密接な関係があり、そのおかげもあり、こんなに菓子屋が街に残っています。ですが、亀末廣は「定期的にまとまった数を納めるとかはないですね。ほとんどが一般の常連さん」。口コミだけでここまでやってきました。本当にこの地に根ざしているんですね。その根っこを見てみたい。

かな女さんは、ここで生まれ、ここで大きくなりました。

京都の大学を卒業した後「大変な部分も見ていたので、やりたくないなぁみたいな気持ちはあったんですけど」、亀末廣の仕事をはじめました。数年後、老舗の重圧に耐えかねて体調を崩し、仕事を休む時期もありつつ現在に至ります。

お店の外観は荘重ですが、かな女さんは物腰柔らかく、温厚で控え目。お話するとほっとするので、一気に敷居を下げてくれます。「売ってよろこぶよりも、買ってよろこんでいただく」と、かな女さんが紹介してくれた優しい言葉が家訓。現在は5人のスタッフさんと家族の小規模な商いです。

ここの菓子職人はまず2、3年は店頭での販売員から始まります。どんなお客さんが来るのか、どんな菓子があるのかなどを知識として蓄える期間が必要だからです。

印象的だったのは、かな女さんが「入りにくいですよね、わかります」とか「お取り寄せ(通販を望む声)も、みなさん忙しいから私もその気持ちは分かるんです」と、老舗の番頭然とした偉そうな感じが微塵もないところ。

今のところ亀末廣は通販していません。百貨店などにも卸していないので、ここまで来ていただいて、買っていただくのが原則です。僕はその姿勢を続けてほしいなと思いますが、かな女さんは迷っておられました。

「父やお店の人が作ってきたものを残す」ことと「今を大事に、時代に合わせる」こと、相反する二つの事柄の間で揺れています。とはいえ、急いで焦ってる感じもない。

僕は原則来ていただく姿勢は変えず(いろんなところで買えるものが多すぎるから!)、SNSで菓子を知ってもらうくらいがいいのかなと思いました。なんせ知らないと、若年層はここの暖簾をくぐれません。入ったらええのにと思うけど、入りません。

売るためでなく、ブランディングのためでもなく、京都の、昔の日本人の季節の感覚を取り戻す。亀末廣のそんなSNSに期待したいです。


亀末廣

文化元年(1804年)創業

御所にも納められたことのある、老舗和菓子の名店「亀末廣」。江戸時代には徳川家が宿館としていた二条城に菓子が納められていたことも。初代・亀屋源助が、文化元年(1804)に京の街に亀末廣を創業。京都人に愛されつづけ季節を感じられる菓子、「京のよすが(四畳半)」は3,700円。

住所:〒604-8185 京都市中京区姉小路烏丸東入車屋町251
営業時間:9時00分~17時00分
電話番号:075-221-5110
アクセス:地下鉄烏丸線・烏丸御池駅 徒歩2分


淡交社 208ページ・1800円+税

「一〇〇年生き抜く 京都の老舗」

100年以上続く、京都の老舗35店を訪ね歩いた市内冒険的著書。
KYOTO T5センター長であり、デザイナーの酒井洋輔がインタビュー、文、写真、デザインと全て一人で行ったもの。
日本一の観光都市である京都は、観光スポットがありすぎて、それらを回るだけで数週間かかるほど。
しかし、京都の京都らしさを作っているのは本当にそのような観光スポットでしょうか。
100年以上続いているということは、住む人に愛されている証であり、確実に京都を形づくる要素と言えます。
「秘密の街・京都」の秘密、京都らしさのソースを知ることになる一冊。
新しいガイドブックの形です。


一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#03
亀末廣

文・写真:
酒井洋輔

一〇〇年生き抜く 京都の老舗
#03


京菓子|亀末廣