温新知故
#09


好きなことで、生きていく

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。

──職人さん自身がブランド戦略や事業拡大をできるようになるにつれて、逆に「事業資金」とか「初期投資」とか「海外PR」というような分野にも精通していて、なおかつ職人さんの事業内容もわかっていて、さらにはやはり人としても信頼できる外部というかパートナーが必要だという課題も見えてきました。

小嶋俊(兄)
だからそれがウチの場合だと、さっき話に出て来たしんちゃんで。
そういう人がひとり中にいるだけで全然違うんですよね。
そういう数字の管理というような仕事を全部引き受けてくれてるからかなり助かってます。

小嶋諒(弟)
極端にいえばうちの売り上げ持って逃げるかもわからんわけですよね?

冨田睦海(弟)
あー、もうそれくらい全部預けてしまえるわけね。

小嶋諒(弟)
もちろんそうです。
むしろ、そうしないと一緒にできないかなと思いますし。

冨田睦海(弟)
まあ、そらそうですよね。

冨田珠雲(兄)
腹割ってやれるゆうことですよね。

小嶋俊(兄)
みんなの給料も何もかも見せ合って。
はい、じゃあここでやりましょう!って感じでした。

冨田睦海(弟)
それはすごいねー。

小嶋俊(兄)
もしかしたら、
オレらふつうではありえへんことやってんのかな?

小嶋諒(弟)
そうかもしれんなあ(笑)。
結構ふつうやと思ってやってきたけど。

冨田珠雲(兄)
いや、なかなかそこまで預けられる外の人っておらんと思いますよ。

冨田睦海(弟)
つまりそれが、ある意味では家族商売の弱点かもしれないですよね。
組織として稼いだお金も、どこかで自分らの財布の金やっていう意識が、家族経営やとなかなか抜けないところあると思います。

小嶋俊(兄)
ぼくら一年前、2017年の1月に法人化したんですけど、むちゃくちゃきちんと管理をしないといけないんで、けっこう大変ですね。

冨田珠雲(兄)
ぼくらは、まだしてないんです。

小嶋俊(兄)
え、そうなんですか?

冨田珠雲(兄)
そう。だからいま個人経営が4つあるという状態ですね。
兄とぼくと弟と。あと親父のもあるんで。

冨田睦海(弟)
で、いざとなったら合わさろうと。

小嶋諒(弟)
そういうことか。

小嶋俊(兄)
それ案外かしこいやりかたですよね。

冨田珠雲(兄)
これは家族経営のメリットですよね。
でもまだそれはやりきれずにいます。
でもいつか、ひとつにできたらいいなとは思ってますけど。

冨田睦海(弟)
まだちょっと早いかなと(笑)

冨田珠雲(兄)
あと法人化するといろいろ規制があるでしょ。
就業時間とか。

小嶋俊(兄)
ぼくらは全員が役員扱いになるんで大丈夫なんですよ。

冨田珠雲(兄)
いやウチもそうなんですけど、ウチはお弟子さんらがいるでしょ?

小嶋諒(弟)
ああそうか。

小嶋俊(兄)
お弟子さんは、そうですよね。

冨田珠雲(兄)
8時間労働が基本になるでしょ?

冨田睦海(弟)
法人申請したら弟子は社員扱いになるのでいまのような雇用形態は難しいですね。

小嶋俊(兄)
そうですね。
ウチは役員しかおらん労働時間なんかもいままでと全然変わりなくやれてますけど。
でも、まあもともとそんな無茶はしてなかったですけどね。

小嶋諒(弟)
ふつうに朝きて夕方には終われてるからなあ。

冨田睦海(弟)
もうぼくらは無茶ばっかりですよ。

冨田珠雲(兄)
ウチこそ、小嶋くんとこのしんちゃんみたいな人、必要やなあ(笑)

──仕事を教えるっていうのはすごく難しいですよね。とくに職人の世界は教わる側の能動性がないと続かないですし。企業では、いまはきっちりマニュアル化して手取り足取り指導しないと教える上司が悪いと言われてしまう時代です。

冨田珠雲(兄)
「無能な人ほど見て学べっていうのよねー」みたいなやつですよね。

小嶋俊(兄)
そうれでいうと「好きなことは仕事にするな」っていう人とかいるじゃないですか?
ぼくあの言葉が大っ嫌いで。
好きやない仕事なんか続かんよなあ?

小嶋諒(弟)
すくなくともオレは続かん!絶対に!

小嶋俊(兄)
だから、やっぱり好きなことを見つけるのが先決なのかなあと思いますけどね。

小嶋諒(弟)
そもそも好きなことやってるやつと喋ってるほうがおもろいもんなあ。

小嶋俊(兄)
打ち合わせでもいてはるじゃないですか?
イヤイヤやってるって公言しはる人。

冨田睦海(弟)
いてはるねえ。
もうずっと愚痴言うてる人とか。

小嶋俊(兄)
やっぱり楽しんでやってる人と、イヤイヤやってる人だとこっちのテンションも全然違ってくるし。

小嶋諒(弟)
しかも、だいたいそういう感じの時の仕事ってうまくいかへんよな。

小嶋俊(兄)
そう!あれ、なんでやろなあ?

冨田睦海(弟)
あるねえ。あるある。ほんま。

小嶋俊(兄)
やっぱみんなあるんや!

冨田睦海(弟)
職人だけやなくて、たとえばうちにも飛び込みで来られる営業マンさんとかいてはるんですけど、やらされてる人なんかそれなりに楽しんで営業してはるのかって、もう最初のとこでわかるんですよね。

小嶋俊(兄)
ほんま、わかりすよね。

冨田睦海(弟)
ただ、そうは言ってもいっぽうでは、やってみてから仕事が楽しくなったっていうのもあるんですよ。

小嶋俊(兄)
ああ、それはそうですねえ。

冨田睦海(弟)
うん。

小嶋諒(弟)
ということは、いろいろやってみるっていうのも大事なんかなあ。

冨田睦海(弟)
1日24時間のうち、仕事の占める割合って寝る時間の次に多いんで、それが面白くないというのは人生の半分くらい損してると思うんです。

小嶋俊(兄)
なんかいま「ライスワーク」と「ライフワーク」っていう言葉があるらしいんです。
ライスワークはご飯食べるための仕事。
ライフワークはいわゆる好きなこと。
これを分けて考えるっていうんです。
でもぼくらってそのふたつが一緒じゃないですか?

冨田睦海(弟)
一緒やねえ。

冨田珠雲(兄)
とりあえずこれ読んでくれてる若い人に言いたいのは、ここにおる大人たちってみんな楽しそうやろ?ってことですよ。

冨田睦海(弟)
ぼくそれでいっつも思いだすことがあって、仕事に集中してると「え!もうこんな時間?」って気づく瞬間があるんですよ。

小嶋俊(兄)
あります!あります!

冨田睦海(弟)
でも学生の頃の勉強って「は!まだ20分しか経ってない!」やったでしょ。

小嶋諒(弟)
ぼくも、そうでした。

小嶋俊(兄)
めっちゃ長く感じたもんな。

冨田睦海(弟)
それが一番単純なことで、好きなことやってると時間が経つの早いんですよ。

──仏教を学んで仏像を彫るのと学ばないで彫るのではやはり違うものですか?

冨田珠雲(兄)
それはもう全然違います!
ちなみに僕は大谷大学という仏教の学校に通ってて弟は花園大学なんですけど…。

小嶋諒(弟)
ぼくは高校が花園です!

小嶋俊(兄)
ぼくは平安です。

冨田珠雲(兄)
みんな仏教系ですね(笑)。
やっぱりぼくらって、ただ形を彫ってるわけではないんです。
たとえば阿弥陀さんでもなんで髪型がブツブツなん?とか、なんで手に水かきがついてるん?とかね。
でもじつはそれらには、いちいち意味がちゃんとあります。
その意味をちゃんと知ってて彫るのと、単純にそういう造形やからと彫ってるのとでは伝わりかたが違うんですよ。

小嶋諒(弟)
そもそも仏さんなんて誰も見たことないですもんね。

冨田珠雲(兄)
まさにその通りです。
だからこそ、仏教の教えの中にちゃあんと答えが書いてある。
それはやっぱり仏教を勉強下からわかったことで、そういうことも知らないで彫ってるとしたら、いったいその人は何を彫ってるのか?ってことになるんですよね。

冨田睦海(弟)
それはいわゆる職人魂とかそういう話やないんですよ。
仏像の形をした木を彫るのと、本物の仏さんを彫るのとの違い。
これはもうハッキリあるんです。
手仕事が大事な理由はこういうことか!という答みたいなもの。
それを思いっきり痛感させられる出来事があったんです。
それが2011年の東日本大震災の復興支援で、東北へ行った時のことでした。



温新知故
#09
小嶋商店×冨田工藝

文:
松島直哉

撮影:
福森クニヒロ

小嶋商店 HP:
http://kojima-shouten.jp/

冨田工藝 HP:
http://www.tomita-k.jp/

温新知故
#09


好きなことで、生きていく

京都のアートやクリエイティブ活動の最新事情を訪ねてみると、その奥には必ず伝統という財産が豊かに広がっていたりする。
いわゆる「古きを訪ね新しきを知る」という視点からではなく、むしろその逆、新しいものの向こう側にこそ垣間見えてくる京都の先人たちの、技や知恵。

この対談シリーズでは、若い職人さんやアーティスト伝統文化の世界ではない人からの視点も交えた異色の対談集というかたちで京都の伝統文化に新しい光を当ててみたい。